生成AIを「経営の実行基盤」に変えるまで

相談の背景

従業員4名のアパレル企業が、新規ライセンスブランドの立ち上げとECサイトのリニューアルを計画していました。

代表は生成AIによる動画制作に強い関心をお持ちでした。ただ、状況をお聞きすると気になる点がいくつかありました。ブランドのコンセプトが固まっていない。ターゲット層も未確定。既存商品との食い合いも整理されていない。にもかかわらず「動画をどう作るか」という手段の検討から入っている状態でした。

生成AIに対しても「安価に高品質な動画を自動で作ってくれるツール」という期待があり、ここを先に整理しないと手戻りが大きくなると感じました。

やったこと

まず、戦略の話から始めました

正直に言えば、最初はあまり伝わりませんでした。

代表が知りたいのは「AIで何ができるか」であって、「ブランド戦略を先に整理しましょう」という話は、遠回りに感じられたと思います。でも、プロモーション施策はすべて戦略に基づくべきで、順番が逆でした。「何を・誰に・どう届けるか」が決まっていないのに、手段だけ先に走ると必ず手戻りが起きます。

これは私の支援スタイルの課題でもあるのですが、良かれと思って最初にはっきり伝えるので、期待との落差で「思っていたのと違う」と感じさせてしまうことがあります。それでも、折を見て繰り返しお伝えしました。

議論を重ねるうちに、大手が進出しきれていないeスポーツ市場などニッチ領域での「選択と集中」に方針が定まりました。ターゲットは20〜30代男女、訴求軸はコストパフォーマンスとデザイン性。ここが決まったことで、以降の判断がすべて速くなりました。

AIを「道具」として使う感覚をつかんでもらいました

転機は、代表がAIツールの有料プランをご自分で触り始めたときでした。

それまでは「AIに指示すれば良いものが出てくるはず」というイメージだったのが、実際に触ってみると、できることとできないことの輪郭がはっきり見えてきます。ターゲットや訴求点をプロンプトとして言語化して入力すると、戦略に合ったビジュアルが出てくる。曖昧な指示だと曖昧な結果しか返ってこない。つまり、AIへの指示出しそのものが、ブランド戦略の再確認になるわけです。

ここからが面白くて、代表が楽しそうにアイデアを話してくれるようになりました。それがAIによって形になっていくスピード感は、私自身にとっても手応えのある瞬間でした。

「70点の割り切り」で制作フローを構築しました

一方で、新たな課題も出てきました。AIの出力の細部修正——文字化けの解消など——に過度なコストを費やす「手段の目的化」が起きていたのです。

提案したのは「70点の割り切り」です。AIの出力で完璧を目指さず、残り30点を人間がCanvaやIllustratorで補完する分業体制にしました。長尺動画の一括生成ではなく、数秒単位の高品質素材を生成し静止画と組み合わせる方式にすることで、高額PCへの設備投資も不要になりました。

アスリートやインフルエンサーとのコラボで多品種小ロット展開を計画されていたため、選手ごとのデザインから工場発注データ作成までの工程がボトルネックになっていました。ここにはベクター自動変換ツールを導入し、デザイナーを介さない入稿プロセスを構築しました。

価格・生産戦略まで踏み込みました

制作だけでなく、収益構造にも手を入れました。初回発注の原価率を抑えつつ、追加発注時に利益率が最大化される段階的な価格体系を設計。在庫リスクの最小化と収益の積み上げを両立させる仕組みです。

ブランディング面では、ゴルフ・eスポーツなどジャンルごとに最適化されたビジュアル表現の重要性をお伝えし、各ファン層に刺さるイメージをAIで生成するディレクション手法を共有しました。

どう変わったか

半年ほど、数回の面談を通じて、いくつかの変化がありました。

  • メディア担当者の制作作業時間がおよそ半分に短縮
  • 代表自らがデザイン案を作成し、コラボ先に提示できる体制が整った。代表いわく「アイデアをクリアな形にして投げられるから、ここは捗る」とのこと
  • 複数の有力選手との契約とブランド展開が進行中

最も大きな変化は、代表のAI活用に対する認識が変わったことです。「AIが何とかしてくれる」から「AIは自分の意図を映す鏡」へ。戦略→クリエイティブ→実行基盤という順番で整理したことで、ツールに振り回されるのではなく、ツールを使いこなす経営に変わりました。

事業はまだ道半ばですが、社長が楽しそうにアイデアを語り、それがAIの力で加速していく。そういう支援ができたことは、素直にうれしく思っています。

「AIを導入したいが、何から手をつければいいかわからない」——この悩みは業種を問わず共通です。今回はアパレル企業の事例でしたが、製造業でもサービス業でも、まず戦略を整理し、AIを「道具」として正しく位置づけるという考え方は変わりません。